home  「決戦、十月三十日」 by 長谷川 俊介

 この日はJリーグ第二期の最終日である。即ち、この日のレーティング結果で、日本選 手権のシード権と名人リーグの参加資格が決まるのだ。つまり、一位になるか、ベストテ ンに残るかが重要である。二位と十位は同じ価値だが、十位と十一位は天国と地獄である 。
 作戦は、各人の前回までの持ち点により異なってくる。ボーダーラインは千三百九十点 台と目算されている。千四百点ぎりぎりの者はベストテン陥落を恐れて、この日は参加し ない作戦をとる。既に永井氏は2ヵ月以上来ていない。
 この日来るのは、トップを狙う者と千三百点台後半の者と順位に関係ない者である。

   私の作戦は、当然トップ狙いである。私の持ち点は、千四百四十三点であり、千四百九 十点でトップの二之宮氏とは四十七点の差がある。千四百五十九点の古川氏も無視できな い。
 一方、ベストテンも死守しなければならない。この日は持ち点差の大きなメンバーが殆 どであることが予想されたので、三倍層攻撃を二回受けると四十八点の失点となるため、 この時点で逃亡しなければならない。また、得点も八点を積み重ねることになるので、五 連勝以上の結果が必要とされる。

 定刻通り正午にゲームスタートだ。遅刻しないことが重要である。ギャモンの神様は気 まぐれだから、嫌われないようにすることがなによりも大切である。
 予想通り参加者がいつもより少ない。やはり、四位から九位までの人物は現れない。

 最初は、今西氏だ。あの「今西ムーブ」で有名なベテランである。私にとって彼は鬼門 であった。昨年の日本選手権の予選第一回戦で私の野望を砕いた人物である。過去、重要 な場面になると現れる嫌な相手であったが、最近の彼は「天下の二枚目」に成り下がって いる。
 取りあえず一勝する。しかし、二人目の右近氏にやられてしまう。残り時間は約四時間 トップまで、五十点以上になってしまった。次のマッチで負ければ、逃亡しなければなら ない。
 なんとか三人目をクリアーする。残された可能性は低いが、取りあえず逃亡しないです みそうだ。

 三桂ルールは非情なルールで、会場にいると手合いがついてしまう。断れば不戦敗にな ってしまう。つまり、まわりの進行状況を見ながら、ゲームを行ったり、休止したりする 作戦はとれないのである。
 どんなルールにも抜け道はある。人間の生理的欲求まで規制することはできない。
 当面の相手を回避したいときには、トイレにいく変化が効果的である。しかし、これで は、相手を変えることはできても、手合いがついてしまうことには変わりない。長丁場は 戦えない。
 第二段階は、食事作戦である。この作戦は二つある。
 ひとつは、「外食作戦」である。基本的には「勝ち逃げ」作戦ではあるが、会場から離 れることで、結果の確認ができないため、逆転されてることに対して何ら抵抗できない。
 もう一つは、「弁当作戦」である。この技は古川氏考案の作戦で、かなり有効な作戦で ある。つまり、苦手な相手とやらなければならない時に、「めし」の一言でやらずにすむ 。さらに重要なことは、食事の速度を加減することで、得意な相手が空くまで待つことが できるのだ。最近の古川氏は二食分以上の弁当をリュックに入れていることが確認されて いる。

 いつも上位で安定していた下平氏は、この日、なんと十五位、千三百四十二点スタート だった。後にも先にも彼が千三百台に落ちたのはこのときだけである。
 当然のように、彼は実力を発揮し連勝を重ねる。二時過ぎに、九位で千三百八十三点の 野々村氏を越えた時点で、彼は「外食作戦」をとった。このとき他のメンバーの調子が悪 いことも確認している。
 しかし、ギャモンの神様は、気紛れなもので、ゲームを面白くする方向に賽を振った。
 まづ、見切ったはずの右近氏が、下平を越えたところで、逃亡。
 次に、三時過ぎに野々村氏が現れて、一勝だけして逃亡、逃亡先のパチンコ屋でもいい ことがあったらしい。
 さらに、もうひとり、見切りをつけたはずの山口氏も、執念で挽回した。
 四時過ぎには、遂に、十一位の川島氏まで現れ、勝ちはじめたのだ。
 下平氏が五時前に三桂クラブに戻ったときには、すでに取り返しのつかない状態になっ ていた。彼に残されたチャンスは、僅かに最後の椅子を、川島氏との直接対決で破ること しかなかった。やはり、ギャモンの神様は、彼らしくない行いを咎めた。

 話を元に戻す。四時半を過ぎた時点で、私は五勝二敗で、まだ、千四百六十点前後しか なかった。残り時間は一時間程しかない。仮に、残り二連勝しても足りなかった。
 殆ど諦めかけていたとき、ギャモンの神様は私にチャンスを与えてくれた。トップの二 之宮氏が現れたのだ。やはり、五十点程度の差では安心できなかったのか、様子をうかが いにきたのだ。
 三桂ルールは、基本的にレーティングの近い者同士が対戦することになっている。手合 いがつく。直接対決で勝てば、上下で三十六点動く。十分射程距離に入る。
 勝利の女神は、私の方に微笑みかけてくれた。ゲーム内容は不利な展開が多かったが、 ラストショットをものにするこができた。
 この後、それぞれが、もう一セットずつ行った。そこで、私は勝ち数を伸ばし、彼はも う一つ負けてしまった。
 その結果、私の点数は千四百八十八点になり、ついにトップに踊り出ることができた。 そこで、その日の月例会は時間切れとなった。

 三月以来の首位返り咲きで、私は念願の日本選手権のシード権を得ることができた。最 初で最後の予選突破である。

                             完

 


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